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「世の中には知るべきでないことがあるのです」

私が闇の世界の底にいた時のこと。
「世の中には、知るべきではないことがあるのです」と、彼女は言った。私はその言葉を信じずに、たくさんの世界に手を出した。
しかし、彼女の言葉は私に牙をむいて現実となった……。


「自分を大切にできない人は、他人を大切にすることはできない」
使い古された言葉だ。間違ってはいないことが前提となっている。けれども私は、この言葉に納得することができなかった。自分と他人には明らかな差があるに決まっている。だから自分が大嫌いでも他人のことを愛することができるだろうと。それに対してこんな意見があった。自分も一人の他人であるので、自分を大切にしなければいけないと。
私としてはそれは笑ってしまう。たとえ自分が一人の他人だとしても、自分以外の他人とはやはり扱いが違うでしょうに。最も触れ合う時間が長いものなんだから。
ここまでの意見は自分を基準にして考えたものであった。私は他人を基準にして考えたらどうなのかと思い、考えて見たところ、納得できる答えが見つかった。
例え話をしよう。ある人が他者に褒められた。自分を大切にできる人間であれば、それを事実として喜んで受け止めるだろう。しかし、自分を大切にできない人間→自己肯定感がないと考えるとその事実を否定するだろう。何故なら自分に自信がないから。
他人がほめたことを否定する、それが間接的に他者の否定につながる。そうすると、結局他者を大切にできないのだ。

昔の時代の疑問を私は解決した。しかし新たな疑問が生まれた。そもそも私には人間を大切にしたいという欲求があるのだろうか。今までの自分は他者の受け入れだったのでは、ないのだろうか。
確かに、私は人間が大好きで、大切だと思っている。しかしそれは調査の対象としてということにも取れる。では今まで私は本気で人を助けたいと思っていたし、それのために身を削ったこともあった。しかし私は人間を大切にすることに対して興味がない。うーむ。

とりあえず一般論を。
まず、自他を区別しない人を大切にするというのは、人間として当たり前の欲求だと思っている。しかし私の場合、それは人間観察の際、おまけとして出てきた欲求だ。私は一般的なものがないのか。

私はいろいろと人間として問題があるようだ。