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「安直な言葉にも優しさがあり」

好きなアイドルグループの曲を聞いていた時のこと。普段は、曲自体の意味は考えておらず、可愛らしい高音の声に癒されているのだが、その時はたまたま1つのフレーズが頭に残った。
「この先、大丈夫かなぁ〜?」
「みんながいるから大丈夫。楽しいし」

なんて安直な話なんだろうなと思った。しかし、人を安心させるには十分な言葉だ。言葉はすごいなと。

「みんな」と言う言葉はあまり好きではない。
例えば、こんな話があるからだ。
「みんな持ってるから、私も買って」(状況としては親に子どもが、ものをおねだりをするイメージで)
「みんながやっているから、私も同じことをする」

1つ目の話に対しては、「いや、危ないし」とツッコミが入れたくなるし、2つ目の話は、「みんなって、誰?」と聞きたくなる。私が冷静すぎるのだろうか。

だけど、「みんな」という言葉を使うだけで、簡単に楽になれる。思考停止、責任転換。考えることを辞めることが出来る。いろいろな事を考え続けている人間を見た事があるが、世間一般と相当ずれている人だった。自傷行為に、同性愛者で、変わった食の好み(安っぽくてあまり美味しくないいものをあえて食べたいなど)に、BPD的傾向(年配の良識人に言われたそうだ)。センスが恐ろしくなく、強すぎる承認欲求。この人は多分この世界で生き辛いのだろうな。考え続けるのを辞めるつもりはないそうだが。

普通に生きようと思う時、ある程度の妥協が必要となってくる。その時、「みんな」と言う言葉は大変便利だ。安心を与え、思考停止できる。だけど、それは臭いものに蓋をしただけに過ぎず、根本的な解決になっていない。たまには、ちゃんと考えてもらいたい。
だから私は「みんな」と言う言葉が基本的には嫌いだ。

「みんな」と言う言葉が、完全に嫌いになり切れないのは訳がある。発言者が深い不安に覆われていて、自分を勇気づける為に、発したとすれば……。私がこの言葉を否定すれば、その人間は感情行き場を失ってしまうような気がするのだ。。それは、私が目標としている傾聴理論に反する。

だから、その言葉は嫌いになり切れない。