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1日1本小論文 4日目

テーマ「近頃の若者は、と言われて思うこと」

文字数 約1000文字

 

近頃の若者は、なんていうセリフは何回繰り返され、言われ続けたのだろうか。この言葉は、時代を超えて、使い続けられている。それは、なぜかはよく分からない。いや、分かるけれども、解かりたくないのかもしれない。それを知ってしまえば、大人の世代に喧嘩を売ることになるから。知らない、無邪気な子どもを演じればいい。そんなことを言っても、この小論文は、テーマを投げかけてきているわけだから、私は答えなければいけない。前座も、ここで終わりだ。まともに、質問に答える必要がある。

近頃の若者は、と言われてどう思うか、侮辱されていると考えている。いや、侮辱を通り過ぎて、あきれているいるのかもしれない。まず、質問自体が、正確ではないからだ。いつの時代も言われ続けているということは、近頃の若者と言うよりは、その時の、若者世代は、という問いかけかけ方が、正しいからだ。正確に言い直すのであれば、今の時代の若者は、ということになる。しかし、言言い換えた所で、これは愚問であることには変わりない。なぜなら、人には皆、個性がある。しかし、この問いは、いかにも一人ひとりの個性を無視して、若者世代というくくりだけで、十把一絡げに見ているのではないのだろうか。確かに、ある特定の世代に共感されやすい事例というのはあるかもしれない。例えば、若者世代で、特定のあるアーティストの作品がヒットするなどだ。しかし、必ずしも、全てのその世代の人が共感するわけではないだろう。はまらない人もいるだろうし、むしろ斜に構えて、嫌だと感じる人も、一定数表れるだろう。他の世代や、集団に比べて、ある傾向があるというだけの話にしかすぎない。そのため、近頃の若者は、なんていう質問は無意味すぎる。

いや、無意味なんていうのは言い過ぎなのかもしれない。確かに、その世代のマジョリティに当てはまる事案であることを〜の部分に問いかけていればの話であるが。ただ、やはり全員に当てはまることではない。世の中に、全ての人に当てはまることなど、いつかは死ぬということしかないのだから、こんなところにケチをつけていては前に進めないのかもしれないが。ただし、傾向を知って、問いかけた人は何が知りたいのであろうか。意味があればそれは勝手にすればいい話だが、ただの余談程度で問われたら非常に迷惑である。

この問いは、私にとってはよくわからなさ過ぎた。