読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「色のある世界」

エッセイ

昔、私は色の世界が嫌いだった。いや、色を選択することが嫌いだったのだ。

「この人は何を言っているのだ」そう思う人も多いだろう。これは事実である。私は、色を識別できない機能的な問題があった訳ではない。それならば簡単に諦めがついてよかっただろう。色を、識別することが嫌であったし、色で区別することが嫌であったのだ。


私が色嫌いになった理由は明らかではない。しかし、物心ついた頃には、色を識別する能力はまわりの人より劣っていた。色彩豊かなものを見ても無感動であったし、色覚情報を処理することに苦手意識を抱いていたのだ。


子ども同士の会話で、好きな色は何かと聞かれることは多い。別に変な会話ではないが、私は非常に苦痛を感じていた。どれも同じようなものなのに、いちいち好きなものを選択する必要があるのかと。答えなければ、変な人だと思われるし、何かを答えていたような気がする。それがとてつもなく苦痛だった。自分自身の心を嘘で騙しているような気がした。それは、女子のコミニュケーションの中で考えると、あまりよくない状況だったのだろう。


これは推測だが、私の父方の祖父は色弱であった。当の本人は、非常に差別的な人であったので、その事実を認めたがらなかったが。自分より弱い人を、徹底的に叩く人であったので。だから、それから遺伝したのだろうと思い込んでいた。本来なら、女性の子孫に遺伝することは少ないが、私はとても父に顔つきが似ていたし、そういうこともありうるだろうと考えていた。


それでも、克服したいなとは思っていた。検査を受けたが、機能的な問題はなかったし。そのため、一時期、色を得意にしようと、色図鑑を眺めたり、本来なら色弱の人のための治療法を試したりしていた。灰色の濃さで色が識別できるという話を真剣に検証したりしていた。効果は無かった。正しく見えるはずなのに感じられない。気が狂いそうだった。


そんなことをしつつ、5年位経ったのだが、ある時、眼鏡をかけると、多少色が濃く見えるということに気付いた。ただの、思い込みでだろうが、眼鏡をかけているときは、色の識別がしやすかった。私は、すごく目が悪い訳ではなかったので、別に眼鏡をかけなくても生活はできたが、色を見たい時はかけるようにしていた。


色が、見える世界というのは少し楽しいななんて思っていたが、眼鏡というルーティンが必要なのは、不便だなぁと思っていた。そんなことを考えている時、私は、演劇というのを初めて見た。それは、衝撃的であった。表現の可能性を感じさせられた。そして、その劇は非常に面白かった。喜劇だったのだ。その時、私は、いつもより色が多く見えた気がした。また、濃く見えた。眼鏡をかけてはいなかったのに。それから、劇の魅力にはまり、ある程度の本数を見た頃には、色に対する苦手意識は、いつの間にか無くなっていた。


私が色が嫌いだった理由は未だに分からない。理由は分からないままだが、なんとか問題にけりはついた気がする。私にとって必要だったのは、刺激であったのだろう。色が苦手な自分に引け目を感じて、芸術的な活動は、避けて生きてきたような気がするから。やっても、どうせ分からないと思っていたから。だけど、それは違った。やればやるほど、よくなっていくものだったんだ。経験が不足していたんだ。見る機会が少なかっただけだったんだ。


色に限らず、私は、何かしらリミッターをかけているというか、制御している、身体的機能が多いような気がする。生きている間に、どんどん解放していきたい。