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小論文+α 第1回「苦しみと美しさ」

リストカットなどに代表される自傷行為はなぜタブーとされているのだろうか。例えば、タトゥーや、スキンリムーバルなどは、皮膚を傷つけるという点では、自傷行為と同じである。しかし、それは場合によっては美しさとして認められることがある。それはどうして認められるのだろうか。自傷行為と別の部分的に似た行為を比較しながら考えて行くこととする。

 

 

自傷行為とタトゥーや入れ墨
自傷行為とタトゥーや入れ墨は、皮膚を傷つけるという点では何ら変わりのない行為だと考えられる。しかし、美しさの世界では明確に分けられる。ただし、両者の境界線は曖昧であるともいえる。確かに、美しさを求めるために、タトゥーや入れ墨をする人もいるが、曖昧なまま行っている人もいるからだ。
日本においては、どちらもタブーとされることが多い。が、スキンリムーバルは、美しさの1つの領域として認められることがある。世間一般の認識としてはあまりよくないのかもしれないが、愛好家がいることは事実である。そのため、曖昧なまま進んでしまう人もいるのではないだろうか。また、アートという形を取ることによって、安全な方法で、皮膚を傷つける確率が上がる。そのような要因も曖昧さの原因ではないだろうか。

自傷行為と過度なスポーツ、筋トレ
自傷行為と、過度なスポーツ、筋トレは自分の健康を害すという点では同じではないだろうか。スポーツも行き過ぎれば、疲労骨折や肉離れなど自分の健康を害すことになる。また、筋トレによる食事制限は食の楽しみを奪うことになるのではないだろうか。しかし、自傷行為と過度なスポーツ、筋トレは明確に区別される。それは、目標があるからだ。筋トレやスポーツには自分の理想や美しさにつながる。実際、筋トレ愛好家によるコンテストは各地で開かれいるわけだし、各種のスポーツ大会は世界中で開催されている。

 


上記の点によって、自傷行為とその他の行為は明確に分けられる。しかし、私が関連付けた理由は「脳内物質の放出」の仮説のためだ。筋トレをしようが、スキンリムーバルをしようが、自傷行為をしようが脳内物質が放出されるのではないだろうか。苦痛を味わうことによって、脳内物質が放出される。その他の行為より、自傷行為がタブーとされるのは思い立ったらすぐにできる点と苦痛の度合いが低いからではないだろうか。結局、脳内物質の点から見ればどの行為も同じなのだが、社会的容認度で言えば違うのであろう。社会は楽して脳内物質による快楽を制限しているのではないだろうか。本筋とずれるが、麻薬の乱用を多くの国が制限しているのも同じ理屈によるものだろう。

 

 

まとめ
自傷行為は脳内物質をいとも容易く得るといった点では、非常に合理的な行為ではないだろうか。それによってできた傷跡が、多くの人にとってグロテスクに映るのは、楽をしすぎている点を非難しているからかもしれない。自傷行為をする心理というのは追い詰められており、決して楽をしてやろうという意志はないのだが。その辺ズレが当事者と非当事者の意識を分けてしまうのかもしれない。