あ、と発して「」

 最近、すこしぼーっとしていたり、あまり覚えていない時間というのが増えた。そんなこと、今までを考えれば当たり前のようにあったことだし、とりわけ驚くことではないのだが、あまり最近は起こっていなかった。だから、何か変な気がした。

 離人症なんですか、それとも感覚鈍麻ですか? 聞かれてもしゃきっと回答はできない。何か分からないものだから。よくあること、って思いこめばそれは無になってなかったことにならないのか。

 なかったことにするとかしないとか、そういう話が流行ったとき、偽りの記憶という話も流行ったような気がする。ひどい経験、例えば性的虐待とかも催眠によって作られた記憶であることもあるという。本当に抑圧された記憶なのか、誘導によって作られた記憶なのか、見極めるのは難しい。これは嘘とは違って、話す人は本当だと考えているからだ。

 人の記憶は時間とともに変動して、全て覚えていることなど不可能で、過去は全て虚偽記憶なのかもしれない。だから、どこによりどころを持っていくか分からない。都合の良いように解釈しているだけかもしれない。自分の良いと思うことだけで固めているのかもしれない。 

 疑っている我だけは本物、とかいってもじゃあ我の定義って? 我って誰なんだよってことになる。疑っていても、疑うこと自体に思惑があって、あると思ったものにも何か別のものが混ざりこんでいるとしたら。何も正確なものなどない。よりどころなんて存在しない。論理の飛躍かもしれないが。

 そんなこと関係なしに、何か信じればいいじゃん、得体のしれないものだろが肯定すれば、思想は終わるじゃんって、彼女は言う。僕はそんなことで解決できない人間なんです。彼女のほうがまだ幸せなんでしょう。でも、僕は救われたいとは思っていません。何もなくても、弱いだけで、ただ生き残ってしまって、敗北してるって分かりきってる。生きている人間は、死にそびれた人なんでしょう。彼女は勝手に救われたらいい、僕はそれを拒絶するだけだ。

 どこにでもいて、どこにでもいない。

 

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