休息地にて

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・アトリエの休息

彼女は、彼の庭によく遊びに行った。彼女は他に行くあてもなかったし、何より変わらない風景の庭に退屈していた。彼の庭はアトリエになっていて、画材やら模型やら、スケッチに使う道具で散乱していた。

絵の具の混ざった匂い、デッサン模型として放置されたりんごの香り、窓を開けると外からは若々しい植物の香りがした。彼女はそんな庭の香りが大好きだった。

彼はアトリエで料理もしていて、給湯器から出た熱湯は踊っていて、ある日簡単に作られたパスタの匂いはとても美味しそうなものだった。

彼女はお昼休みになると、自分の部屋で軽くご飯を食べてからいそいそと彼の元に向かっていた。彼女は他に居場所もあったがその場所は居心地が悪く、長く居られる場所でもなかった。そんなところよりは彼のアトリエに出向いて話を聞くほうが楽しかった。

彼は大学でアート系の学部を専攻し、教育に興味があったため、先生と呼ばれる職業についたと話した。好きなことが両方できるからって言って。彼は先生と言われる仕事も好きで、同じくらいにアートも好きで。彼にとっての天職だった。

彼女は彼に憧れていてなんとなく好きでもあった。慕う心と恋心というのは混ざりやすいもので、彼女自身よく分かっていなかった。彼は思慮のある人で、彼女がアトリエに毎日のように押しかけていっても、丁寧にもてなしてくれた。彼女の昼休みというのは彼にとっても昼休みであって、彼も休息を取りたかったであろう。

アトリエでの時間は繊細でとてもやさしいものだった。もうずいぶん前のことだというのに彼女はふとある時に、アトリエで過ごしていた時間を思い出す。そしてあの時、自分に似ている友達がいないとわめいていたことを。彼はいつかきっと見つかるといった。案外その通りでもあったなと彼女は思った。嘘ではなかったけど、そんな簡単なことでもないとぼんやりと思い返しながら。