記憶を巡る物語

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何の接点もない物語の筈だった、でもいつの間にか強い繋がりが生まれているような気がした。思い違いかもしれない、でも信じたいと願った。それもようやく旅路を終えて。結末を見るのはひとりきりで。残された足取りを追うように、ある街に向かった。


坂を登る、開発されている街。何でもない場所にそれはあった。本来、人は忘れられるのが正しいのだ。生きている時にどれだけ有名だったとしても。交わったであろう熱、かつての風情に思いを馳せて。今なら、あの子の最後の望みがわかるような気がした。名前を呼ばれなくなること、なんて言って。そう、あの子はあまりにも有名になりすぎた。後世の人たちはその物語を手放す必要があるのではないだろうか。でも、手放すタイミングも人それぞれで。みんなが揃って動き出すことはできないの。


知らない街を1人で歩くのも慣れてしまった。ランドマークの特定、スマホの地図を見ながら前に進む。頼る人がいなければ自然と何とかできるようになるものだ。

夜の墓地をひとり歩く、生暖かい風が吹いていた。ある場所を一心に目指していた。その場所には何もなかった。工事中と書かれた看板。そして、かつてそれを示していた表札が落ちていた。遅かった、彼に逢うことはできなかった。何もない場所でかつてその場所を訪れた人の写真を何度も、何度も眺めた。


もうひとつ、重要な場所。坂を下り、知らない住宅街を進む。小さな子どもと、その母親が楽しそうな会話をしていて。その風景をなぜだかずっと忘れたくないと思った。子を持つことなんてないだろうし、なんでそう思ったかはわからない。住宅街を突き進んだ先にその場所はあった。生憎、その日中に伺うことはできなかったが。

翌日、再びその場所に向かった。かつてその場所の呼び名とは真逆の雰囲気を保っていて。あまりに晴れすぎた日だった。空気に近付けば近付くほど高まる鼓動、そして観念。ようやく辿り着いて。実は願いは叶っていたのかもしれないね、なんて。少し離れた位置に隠された物語があって。最大の美しさを追いかけたとするならば……。

感情がごちゃごちゃになって。伝えるべき話は考えてきたはずなのに。拙く言葉を並べて。風が肯定しているような気がした。やはり晴れすぎてはいたけれど。

 

 

ある呪いを棄てるために海辺の街に向かった。それより少し前に現物はうっかり無くしてしまったのだけれど。それでも、折り合いをつけるためには受け取った街に戻るしかないのだ。

ゆっくりと繁華街を歩き、適当に飲食店に入り、酒を飲む。青島ビールはあっさりとした味わいで。常温で飲んでみたいと思った。ある時、留学経験のある人がビールはその土地に最適化されている、という話をしていたことを思い返して。現地で飲んだらもっと美味しいのだろうか? なんて考えながら料理を待った。少ない人員のはずなのに料理はあまりに早く提供されて。少しぬるい料理を黙々と食べた。

食後は土産屋を見たり、風景の写真を撮ったりしていた。あるお店で偶然ブッダマシーンを発見し、それだけは買ってしまった。

新しい呪いを受け付けるかと思い雑貨屋のアクセサリーを見て回る。でも気に入ったものは見つからなかった。次第に腕の痺れを感じるようになって、探すのをやめた。呪いはもう必要ないのかもしれない。

着色された肉まんやメロンパン肉のようなものでも食べ歩こうと思ったが、気が乗らなくてやめた。きっとこの街には何度か向かうことになるような気がしたからだ。その時に食べようと思った。

数年前、この街に来た時はひたすら眠り、遊覧船に乗って一人泣いた。その時の面影はあまり残っていなかった。きっと、受け止め方が変わってしまった。街自体はそこまで変わっていないはずなのに。二つの物語を持つことは不可能で、どちらか選ばなければいけない。選び取ったのだろう、知らないうちに。夏の終わりに生まれた話が明示していた。古都で過ごした夏休みは有意義なものだった。考えるには丁度良い時間で。人間の生々しさを拭いたくとも拭えない。

 

 

誰かと旅行に行った記憶というのはあまりない。幼き頃の家族旅行と学校行事、修学旅行くらいだ。お得だからという理由で弟と2人で旅行したことはあるが、これも家族旅行に入るだろう。旅は重ねるうちに細かい計画を立てなくなる。行き当たりばったりすぎて、隣に誰かが歩いているというイメージが全くつかない。

一度だけ人と旅に出たことがあるけれど、実質的にはプランを手伝ったようなものだ。歳の割には旅慣れしていたから、最適最安ルートを使って目的地に向かい、現地では自由行動という感じだった。宿は一緒だったような気がするが、食事は別々だった。帰りは別々に帰った。あれは人と旅をしたことに入るのだろうか。

 

昔々、ある人に20歳になったらハワイ行こうと言ったことがあった。まあ、結局それは叶うことはなかったのだけれど。ハワイで射撃場行きたいね、と。きっと彼女は行くことはないだろうと当時の段階で思っていたのだろうけど。

彼女とは何とも言えない関係だった。似たような傾向を持った人間の話を貪るように聞きたかった頃の話。今ならSNSで簡単に繋がれるし、当時もやろうと思えばできたのだろうけど。でも、当時はSNSで的確に情報を伝えるだけの言語を持っていなかった。未完成の言葉を拾うように聞いてくれた彼女があまりにも眩しく運命の出逢いだと思った。統計上、その物語が成功する確率は極めて低いことは知っていたけど、私は少しの確率を引き当てられるという根拠のない自信があった。優しい海辺に包まれているような気がして。当時の私はあまりに雑だったから、怒られてばかりだった。頻繁に遅刻していたし、自転車で意味の分からない事故をしたり、他者が聞いたら訳の分からない理由で怪我をしたり。そのくせ保健室が苦手だったから、後々発見した教師にも怒られていた。(怪我で行く保健室は苦手だったけど、委員会の用事や相談で行く保健室は好きだった)

彼女も私の雑な点を何度も注意してきたし、それによって迷惑もかけたけど、でも、ひとつだけ共通点があったの……。

私はあまり隠す気のない人で、彼女は秘匿主義。合わせようとはしたけれど、まあ無理だった。それが破綻の原因。今考えればその密度でそれが発生してること自体が異常であるし、秘匿主義の方が正しいに決まっている。まず本来発生してはいけないことだったから。

忘れたい……、けど経験自体は忘れてはいけないことで。若かりし頃の失敗、と言ってしまえば流してしまえることではあるけれど、あまりに未熟すぎた。相手だってまだ子どもで、過剰に期待しすぎてしまった。過ちの記憶。

 

誰かと深く関わることは怖く、もう二度としないだろうと何度も思っていたけど何度もぶち壊すように新しい風が入ってくる。あまりに爽やかに突然なこと。あの物語だってそうで。でも、信じたいと思ったのは私の感情。胡散臭さしかないのに、そんなの関係ないと思えるくらいに。弔うように文字に起こして、それでもあの物語を信じたいと思ってしまう。△△は既に済んだというのに。何度演算したってまともな結果を得られていないのに。馬鹿すぎる、でもいいや。本当は理由なんていらないはずだから。呪いや哲学なんてなくたって立って行けるような気がして。