ごとーさんのこと

  ある活動家に恋をしました。

 彼は一回り、いや二回りも離れていた大きな存在でした。ぼんやりしているところもあったけど、どこかに納得させる大きい背中がいつも私の前にはあったのです。

 彼は寡黙な人でした。おそらくですが、彼は見かけより小さい存在であることを仲間に知られたくなかったのだと思います。彼はいつの間にか地位を築きあげていました。仲間は才能があるからだ、と言っていましたが、彼は努力を人一倍していたのだと思います。彼は多くを語らないので、真偽は闇の中ですが。

 ある時、彼と二人きりで飲みにいきました。彼はいつも通り何も語らないだろうと思っていました。しかし、突然私の方を向いて、「付き合いたい」と切り出したのです。彼に好意的に思われているとも思っていなかったので、戸惑いました。私は先輩として、活動家としての彼はとても好きだったのですが、恋愛のことなど全く考えていなかったものでしたから。

 私は彼の好意には答えられないが、先輩として、活動家しては好きだということを伝えました。彼は、君はそういう人だろうと思っていたといわれました。少し、ドキッとしました。私は、人に対して当たり障りのない答えを返すのがとても得意で、それが見抜かれたのか? と思ったからです。

 私は誰からも嫌われたくはない、でも彼も話さないという手法を使っているだけで、根は同じなんだろうなと考えていたので、彼のことを恋愛的に好きになることは難しいだろうと思いました。同族嫌悪みたいなものでしょうか。そのときは深く考えてもいなかったのですが。

 彼は、仲間の不祥事が重なるたびに変わっていきました。おかしな方向へ進んでいったのです。彼は活動のリーダー的存在だったのですが、リーダーを務めようとはしませんでした。しかし、リーダーが死んでしまい、彼が活動を主導することになったのです。

 それからは、彼の姿を見ることが少なくなっていったのです。しかし、仲間は誰もリーダーをやりたがりませんし、彼の判断は間違ったものではなかったので、彼が会に顔をあまり出さなくなったことは誰も咎めませんでした。彼は代わりに私を伝言役として使うようになりました。私は会の中にあまりなじめていないほうだったので、とても大変な思いをしながら、彼の代わりを務めました。会は男性の方が多く、女性であった私は、よく睨まれたものです。なぜ、彼の指名する代理が私なんだと。それは私も分からなくて困っていたことなのですが、私は代理を務めるだけで精一杯で、弁解するゆとりも、話せる人もいませんでした。

 私は次第に活動に対する情熱を失っていき、会をやめようかと考えていました。彼とは普段、手紙でやりとりしていました。急ぎの要件の時のみ、電報を利用しました。彼は通信機を持つのが苦手だったようです。連絡の取りようがなかったので、私は彼の家に行くことにしました。

 彼のアパートに彼の姿はありませんでした。たまたま出かけていたということではなく、彼の抜け殻と二通の置手紙が残されていたのです。置手紙は、会の人に向けた内容と私に向けたものがありました。会の人に向けた手紙には、これ以上会を仕切ることはできない、と簡単に記されていました。一方、私に向けた手紙には、簡素であるものの重大なことが記されていました。ここに書き示すことが出来ないことです。

 その手紙を読んだとき、私は彼のことが好きだったんだなということ気付きました。しかし、それは当時の世では珍しい形態になってしまうことになり、彼の告白は意を決したことだったようです。単に歳の差だけではない、重大な問題が含まれていたのです。早かれ遅かれ、それがばれたら私たちは会を追放されていたでしょう。彼はそれを感じ取り、私を代理で使い、会と距離をとっていたのです。

 しかし、私のことを大切に思うなら、私も連れて行ってくれたらよかったのに、とも思いました。これは願望です。

 彼に会うことはもうできません。私は彼の抜け殻の一部と、遺した手紙を大切にとっておくことしかできそうにありません。いつか、彼が帰ってきたら戻る場所を作っておきたいと思います。次は活動ではなく、人と人とのつながりとして。

 彼のことが好きでした。彼を失ってから、彼に対する独占欲がむくむくと膨れあがって、どうしようにも抑えることが出来ません。結局、会に宛てられた手紙を会の人に渡すこともできず、私も彼と同じように会を去りました。私は、彼のことを探そうとは思いませんが、待っていようと思います。