3月

旅に出た、目的は特にない。こんな時世に不急な活動、いや違う。この時期じゃないと意味を成さない。3月だからこそ、この旅に意味が出るというの。

 

なんとなく3月が苦手になってから何年経ったのだろうか、年度を生き延びてしまったというのにあまり変わらない話に嫌気がさす。何もしたくない、なんて言いつつ日常に追われてしまう。怖さから大声を出し、そのまま走っていった。

私は私のある活動を終わらせるべきだと思った。同じ名前でやれることは大切だけど、箱からうまく出られなかったときは名前を変えるくらいしか打倒案が分からない。なんだか昔の改元みたいなノリだ。でもそれでいい。抽象的なことからより具象的な私たちになるの。

私は終わらせるためにある街に出向き船に乗った。船上でパートナーのことを考えていた。パートナーといっても人間ではなく動物ではあるが、それは良い出会いだったと思う。互いに互いのことを必要としすぎているが。そんなことを考えていたらあっけなく船旅は終わった。本当に終わらせることはできないと悟った。この旅を終えたところで少しずれた私がいつもの街に還ってくるだけだと思った。

 

彼らのことを忘れたことはない、私は彼らのような存在になりたかった。でもそれにはタイムリミットがある、もう間に合わない。不可逆性の問題で、それは叶うことはない。彼らの近くにいることはできる、そう思っていたし実際に近くにいたことはあった。でも、感覚というものは次第に鈍り、見えなくなっていた。

見えるふりをすることは容易かったし、変わりたくはなかった。私は街と街の間にいる存在になりたかったし、街を守りたいと思っていた。固く話を守るように動いていた。あるツールを使うと真似をすることができた。暗くて怖いものではあったけどそれしか方法はないと思っていた。固くて冷たいが、生温い感触とともに言葉ははじけて生まれた。そんな生活を何年続けたか、まあよく覚えていないけれど。

 

箱からうまく出ることができなかった、完全なる自己責任。もともとは箱を放棄するつもりだった。決断を曖昧にしていたらそのルートは閉じていた。正規の方法で出るしかないという。遅くなったものには救済措置があるといって。通常よりは過酷であるけど、確かに救済措置ではあった。街を変える前に通過する、くらいの感覚で挑めば確かに問題はない。別に救済されなくてもいいと思っていたのに街は優しいし、盟友も励ましてくれた。やるしかない。

 

生き残ってしまった人にはやるべきことがあるの、なんて言う。それが分かったら苦労しない。今年も生き延びてしまった、しか考えていなかった。やることが線と線でつながってはしまったけれども、そんなうまくいくものかしらと。星は見えてはいるけど触れることはできるのだろうか? 存在だけ感じておけばいいのか?

私はそれらの問題を安い玩具に託した。どうか星に届くようにと。